かめくんが「それは?」と聞こうとしたが、
女性はその暇も与えずに続けた。
「わたし、あのことは自分の中で何か高尚すぎると
いうような、触れてはいけないもののように感じ
ていたんです。でも今日あなたと話していて、
もっと身近な、ちゃんと私の手の中にあったもの
のような気がしました。」
「それは『演劇が』ということですか?」
夕焼け前の逆光が当たって、眩しそうに目を細め
たかめくんがそう言うと、
女性はただしっかりとうなずき、今度こそかめくん
に背を向けた。
−これが舞台なら、ここで暗転といった感じだろ
うか−
通りの端に小さくなってゆく女性を見ながら、
かめくんはぼんやりと考えた。 |